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2026-06-14現場改善

ベテランが退職すると段取りの勘も消える ── AIで形式知にできる部分・できない部分

何が失われているか

長野・諏訪・岡谷の製造現場でよく聞く話があります。「あの人が退職してから、あの段取りの精度が出ない」「手順は引き継いだのに、段取りにかかる時間が倍になった」。

ベテランが蓄積してきた技能は、多くの場合、マニュアルには書かれていません。「どの順番で段取りを組むか」だけでなく、「どの音が正常か」「今日の素材はいつもと状態が違う」「この機械はここで切り込み量を落としておく」──経験から積み上げた判断が、現場の仕事を支えています。

この「暗黙知」──言葉にされていない経験と勘の総体──を引き継ぐことが難しい根本的な理由があります。伝える側のベテラン自身が「自分が何を知っているか」を言語化しにくいのです。

AIが「形式知化」を助ける場面

AIを使うと、この言語化のプロセスを速めることができます。AIが得意なのは「テキストを整える」作業です。話された内容を手順書の下書きにすること、ヒアリングの質問案を作ること、複数の工程をまとめて整理すること──「言葉にする・整える」工程を大幅に速めます。

手順書の下書きを作る

ベテランに「この工程でやることを話してください」と実際に作業しながら話してもらいます。録音して書き起こし、その内容をAIに渡すと、読める手順書の下書きが数分で出てきます。完璧ではありませんが、「手順を文字にする」という最も労力がかかる作業を大幅に省けます。

聞くべき質問を設計する

「加工前に確認すること」「起きやすいトラブルと対処方法」「段取りで迷う判断ポイント」──AIに工程名や加工内容を伝えると、若手がベテランに聞くべき質問案を出してくれます。「何を聞けばいいか分からない」という若手にとって、実際のヒアリングを始める前の準備になります。

話し言葉を整える

「いつもより音がちょっと硬い感じがしたら、切り込みを落とす」のような表現を、AIを使って段階的に言語化していくことができます。「どの状態を"硬い"と判断するのか」をベテランと一緒に確認しながら言葉にしていく、そのプロセスをAIが補助します。

AIで補えない部分

一方で、AIには届かない領域があります。この境界を正確に理解しておくことが、知識移転の計画を現実的にします。

AIで補える知識移転と、人が積み上げるもの

身体感覚と五感の経験 ── 「切削油の匂いが変わった」「機械の振動の質が違う」は、言葉で教えることはできても、経験なしに習得することはできません。若手が実際の現場で時間をかけて積み上げる領域です。

不完全な情報の中での判断 ── 「図面にはこうあるが、今日の素材の状態を見るとここは変えた方がいい」は、複数の経験が絡み合った文脈から生まれます。AIは与えられた情報をもとに回答しますが、現場の感触を読む能力は持っていません。

手順から外れる場面の判断 ── マニュアルには書けない例外の処理こそ、ベテランの真価が問われる場面です。「通常の手順では対処できない」と判断し、適切に動く経験は、AIが代替できるものではありません。

現場で使える知識移転の手順

ベテランの知識を引き継ぐ5ステップ

ステップ1:対象工程を1つ決める

一度に全部やろうとしない。まず1工程、「ベテランにしか分からない」と言われている段取りや加工工程から始めます。

ステップ2:実際に作業しながら話してもらう

スマートフォンの録音機能を使い、作業の手を動かしながら全部話してもらいます。「なぜそうするのか」も合わせて話してもらうと、後の文書化の質が上がります。

ステップ3:書き起こしをAIで整形する

録音を書き起こし(自動文字起こしアプリや生成AIで対応できます)、その内容をAIに渡して手順書の下書きを作ります。

ステップ4:ベテランと若手で一緒に確認する

AIが作った下書きをベテランと若手が一緒に読み、「抜けている部分」「言葉の意味が違う部分」を埋めます。このやり取り自体が、もう一段深い知識移転になります。

ステップ5:実際の作業で試し、更新する

若手が手順書を使って実際に作業し、「実際にやってみたら気になった点」を追記します。手順書は一度で完成しない前提で進めます。

私たちの進め方

私たちは「どの工程から始めるか」の選定から、記録・整形の進め方、若手が使えるかたちへの仕上げまでを、現場の実情に合わせて一緒に進めます。

取り組んでみて「この工程の知識は現時点では文書化が難しい」と判断したときは、その旨をはっきりお伝えします。AIで補える部分と、経験で積み上げるしかない部分の線引きを、現場を見た上で判断するのが私たちの役割です。