「あの人に聞けば分かる」に潜むリスク
長野・諏訪・岡谷の製造現場で、在庫や納期の状況を確認するとき「Aさんに聞けば分かります」という答えが返ってくることがあります。
多品種少量の生産現場では、管理対象が何十・何百品種にもなります。品種が多いほど、一人の担当者が記憶で把握する情報量も増えます。その担当者が病欠・退職した際に「どこに何がいくつあるか」「この納期は確保できているか」が誰にも分からない状態になります。
出荷日の直前に欠品が発覚する、在庫がないと思っていた材料が倉庫の奥にあった、逆に余剰在庫を気づかずに抱え続けていた──多品種少量の現場で繰り返されるこれらの問題の多くは、この「人の記憶頼み」から来ています。
なぜ台帳管理が定着しないのか
「Excelで在庫表を作ろうとしたが続かなかった」という話もよく耳にします。
品種が多いと、在庫の動きを都度入力するコストがかかります。繁忙期には後回しになり、気づけば台帳と実際の在庫がずれてしまいます。台帳と現実がずれると、「台帳より担当者に直接確認した方が早い」という状態に戻ります。こうして台帳が定着しない循環が生まれます。
この循環から抜け出すには、「精密な台帳を完璧に維持する」を目指すのでなく、「最小限の情報を、入力しやすい形で続ける」設計が必要です。
可視化の最小単位から始める
「全品種の在庫を一気に管理する」は、多品種少量の現場で続く設計ではありません。
まず、管理対象を「動きの大きいもの」に絞ります。出荷頻度が高い品目、欠品すると影響が大きい部材、在庫量のばらつきが大きいものから始めます。全品種でなくても、この10〜20品目が把握できているだけで、現場の見え方が変わります。
次に、その品目だけの最小限の台帳を作ります。必要な項目は「品目名」「現在の在庫数」「最終更新日」の3つから始めれば十分です。ExcelでもGoogleスプレッドシートでも構いません。使い始めてから追記・修正できます。
入力が続く仕組みを設計する
台帳が続くかどうかは、入力コストで決まります。
記録更新のタイミングを「出入庫のたびに都度」から「1日1回、決まった時間に確認して更新」に変えると、入力の負担が下がります。更新担当者を1名決め、「毎日夕方の終業前に在庫数を確認して記録する」というシンプルなルールにします。
更新のトリガーを業務フローに組み込むことが重要です。「出荷伝票を記入したら、その場で台帳も更新する」という形にすると、記録漏れが減ります。
週に1回、台帳の数字と実際の棚卸しを照合します。ズレが出たら修正する。完璧な精度を最初から求めず、週次で修正していく前提で運用すると、台帳が現実と乖離し続けることを防げます。
AIが補助できる場面
台帳に情報が蓄積されてきたとき、AIはその情報の整理・分析を速めます。
「今週出荷予定の品目で、在庫が足りないものはどれか」という問いを、台帳のデータと一緒にAIに投げると、優先すべき発注品目の整理が素早くできます。スプレッドシートのデータをコピーして貼り付け、「この中で納期まで1週間以内なのに在庫が少ない品目はどれですか」と問いかけるだけで、見落としのチェックに使えます。
また、取引先からメールや電話で受けた注文内容をAIに整理させて、台帳に転記する手順も効率化できます。「以下の注文内容を品目名・数量・納期の形で一覧にしてください」というかたちで使います。
ただし、AIは台帳に入力された情報をもとに回答します。台帳が不正確であれば、AIの出力も不正確になります。「台帳を整える」ことが先で、AIはその先の作業を速める道具です。
私たちの進め方
私たちは「まず何品目から始めるか」の選定から、台帳の設計、運用ルールの決め方、担当者への導入まで、現場の状況に合わせて一緒に進めます。
取り組んでみて「この現場では現時点の体制では継続が難しい」と判断したときは、その旨をはっきりお伝えします。管理の可視化は手段であり、目的ではありません。何を目的に、何から始めるかを、現場を見た上で一緒に考えます。